2021年2月28日日曜日

貴方が大切に思うものを大切にしてくれる人がいい。 電話結婚の悩みや相談


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結婚相手には「ありのままの自分」を認めてもらいたい、という意見があります。

これではなかなか結婚は難しいと思うのです。 

恋愛においては、相手に対して「いいところを見せたい」という気持ちが勝ることがあります。好きな相手に失望されたくない、お互い楽しんでいきたい、などの気持ちがあるからでしょう。

恋愛期間が長くなると、お互いのことがわかるようになり「素」を出すことも増えます。許せないことも出てきたり、喧嘩も増えたりしますよね。時には別れを選ばなくてはならないことも…。 

恋愛においてありのままの自分を出して失敗することもある

恋愛でも出さない方がよかったのに、結婚でありのままを出していいの?

そんな風には感じませんか。 

ありのままの自分を結婚相手に認めて欲しいけれど、相手のありのままは許せないこともある、ということを恋愛経験から知っておいてほしいのです。

ということは、結婚を考えている人にこそ、「ありのまま」願望を控えていただく必要が出てくるのではないでしょうか。 

結婚を本気で望まれている人から「結婚を考えられるように人に出会えない」という相談を受けることがあります。ここから2つの可能性が考えられます。

・ありのままを封印し過ぎてその人が見えない

・ありのまま過ぎて努力している感じがない 

結婚を考えたり、相談している人はこの2点を振り返ってみてください。

結婚は生活として続きます。ゴールではなくあくまでふたりの人生のスタートです。

本気の結婚を考えている方にこそ、相手や自分についての本気の相談が必要だと思います。

 

2020年10月17日土曜日

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勝つために、実に卑劣な手段を用いる。そうして、俗世に於(おい)て、「あれはいいひとだ、潔癖な立派なひとである」などと言われることに成功している。
殆(ほと)んど、悪人である。
太宰治『如是我聞』
  
人は、もし、ほんとうに自身を虚(むな)しくして、近親の誰かつまらぬひとりでもよい、そこに暮しの上での責任を負わされ生きなければならぬ宿業に置かれて在るとしたならば、ひとは、みじんも余裕など持てる筈がないではないか。
太宰治『春の盗賊』 
  
自分を駄目だと思い得る人は、それだけでも既に尊敬するに足る人物である。
太宰治『十五年間』 
  
曲者(くせもの)というものは、たいてい浅墓(あさはか)で興覚めな、けち臭い打算ばっかりやっている哀れな、賤(いや)しい存在だが、それを見破ったからとて、こちらでただ軽蔑(けいべつ)して、のほほん顔でいたならば、ひどい目に遭う。
うっかりしていると、してやられる。黙殺したい、いや、蔑棄したい程、いやな存在だが、油断がならん。
太宰治『新ハムレット』 
  
人間というものは、みじめな、可哀そうなものですね。成功したの失敗したの、利巧だの、馬鹿だの、勝ったの負けたのと眼の色を変えて力(りき)んで、朝から晩まで汗水流して走り廻って、そうしてだんだんとしをとる、それだけの事をする為(ため)に私たちは此(こ)の世の中に生れて来たのかしら。
虫と同じ事ですね。ばかばかしい。
太宰治『新ハムレット』 






 
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2020年10月4日日曜日

寂しくない人生を過ごしたいなら、彼女の手を離さないで繋ぎましょう、それだけでも幸せがいっぱいですから。結婚相談恋愛

  

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他人のなすあらゆる行為に際して自らつぎのように問うてみる習慣を持て。
「この人はなにをこの行為の目的としているか」と。
ただし、まず君自身から始め、第一番に自分を取調べるがいい。
マルクス・アウレリウス『自省録』 
  
忍耐は正義の一種である。
マルクス・アウレリウス『自省録』 
  
物事に対して腹を立てるのは無益なことだ。
なぜなら物事のほうではそんなことにおかまいなしなのだから。
マルクス・アウレリウス『自省録』 
  
あらゆる行動に際して一歩ごとに立止まり、自ら問うてみよ。
「死ねばこれができなくなるという理由で死が恐るべきものとなるだろうか」と。
マルクス・アウレリウス『自省録』 
  
哲学が君をつくりあげようとしたその通りの人間であり続けるように努力せよ。
神々を畏れ、人々を助けよ。人生は短い。
地上生活の唯一の収穫は、敬虔な態度と社会を益する行動である。
マルクス・アウレリウス『自省録』